日本語には君とかあなたとか貴様とか,相手を指す言葉がたくさんあるね。でも英語はyouという単語だけだね。
いやいや,例えば旧約聖書の『出エジプト記』20章13節にはこうあります。
Thou shalt not kill.
(あなたは殺してはならない)
Thouもshaltも見たことがない単語です。
文語体だと汝(なんじ)と訳す場合もありますが,文語体で単数の「あなた」を表す単語がthouなのです。聖書ではおなじみの単語です。
予備知識がないものを外国語で読むのは,たとえ子供向けでも難しいって,先日話しましたね。見たことがないshaltは,shallが変化したものかしら?
そうですね。3人称単数現在形の時にsを付けるというルールがありますが,thouの時にはstを付けます。例外としてbe, have, will, shallはそれぞれart, hast, wilt, shaltとなりますが。
例えばDo you love me?は古風に言うとDost thou love me?となるのね。
そうですね。ちなみにこのDost thou love me?というセリフは『ロミオとジュリエット』のジュリエットがロミオに語ったことで有名です。また,ゲーム『ドラゴンクエスト』の英語版でローラ姫が主人公にエンドレスで語るセリフとしても有名です。
thouは単数とのことですが,複数形はあるのですか?
複数形はyeになります。例えばアイルランド民謡『ダニー・ボーイ』に,このような一節があります。
(戻ってきて 夏の草原の中)
語形変化をまとめると,このようになります。
意味 | 古風・単数形 | 古風・複数形 | 現代・単複同形 |
---|---|---|---|
〜は | thou | ye | you |
〜の | thy | your | your |
〜を | thee | you, ye | you |
〜のもの | thine | yours | yours |
現代語のyouは元々「あなたたちを」に相当する単語だったのね。なぜthouは廃れたのかしら。
ヨーロッパの多くの言語では,親称と敬称という使い分けがります。カジュアルな「君」とフォーマルな「あなた」を使い分けるのですね。例えばフランス語のvousという単語は元々複数の「あなたたち」と言う意味ですが,王や貴族を複数形で呼ぶ習慣から,単数フォーマルの「あなた」としても使われるようになりました。
古い英語でもyeが複数の「あなたたち」と,単数フォーマルの「あなた」を兼ねていたのですか?
その通りです。英語はフランス語の影響を強く受けていますから。時代が下って,カジュアルのthouも主格のyeも廃れて,最終的にyouだけが現代に残ったのです。つまりyouは敬語ということですね。
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