ロシア語の名詞や形容詞には格変化があります。
そもそもなぜ格変化するのですか?
まずは日本語の例文を見てみましょう。
我が息子よ,そなたが神の教えを月で暮らすウサギに絵で地球から伝えねばならぬ。
ふざけていますね。
日本語では名詞の後に助詞を付けて意味の違いを表現します。名詞部分を抜き出してみましょう。
名詞 | 助詞 | 意味 |
---|---|---|
我が息子 | よ | 呼びかけ |
そなた | が | 主語 |
神 | の | 連体修飾語 |
教え | を | 直接目的語 |
月 | で | 場所 |
ウサギ | に | 間接目的語 |
絵 | で | 道具 |
地球 | から | 起点 |
一方,ロシア語では名詞の形そのものを変化させ,必要に応じて前置詞を補います。先ほどのふざけた文をロシア語に訳してみましょう。
Мой сын, ты должен передать учение Бога картиной с Земли зайцу, который живёт на Луне.
モイ・スィーン,トゥィ・ドールジェン・ピリダーチ・ウチェーニエ・ボーガ・カルチーナイ・スジムリー・ザーイツ,カトールィ・ジヴョーッ・ナルニェー。
名詞部分を抜き出してみましょう。
日本語訳 | 前置詞 | 名詞 | 名詞の格 | 意味 |
---|---|---|---|---|
我が息子よ | Мой сын | 主格 | 呼びかけ | |
そなたが | ты | 主格 | 主語 | |
教えを | учение | 対格 | 直接目的語 | |
神の | Бога | 生格 | 連体修飾語 | |
絵で | картиной | 造格 | 道具 | |
地球から | с | Земли | 生格 | 起点 |
ウサギに | зайцу | 与格 | 間接目的語 | |
月で | на | Луне | 前置格 | 場所 |
ロシア語には「が」「を」「に」「の」などに相当する単語がないのね。
ロシア語の格は主格,生格,与格,対格,造格,前置格の6種類です。
アルドさんは主格,対格,生格,前置格,与格,造格の順に解説するのが好きです。
6つも格を使い分けるのは大変です。
ロシア語はインド・ヨーロッパ語族に属する言語です。インドやヨーロッパの言語は元々共通だったと考えられています。インド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)には8つの格があったと考えられています。
英語もインド・ヨーロッパ語族だけど,格は代名詞の一部にあるだけよね。言語って,時代を下るにつれ簡単になるのかしら。
そうですね。現在でも印欧祖語の8つの格と同じ構成の言語としてはサンスクリット語があります。西洋の古典語であるラテン語や古典ギリシャ語では一部の格が統合されており,現代ギリシャ語やロシア語でも格の統合が起こっています。
意味 | 印欧祖語 | サンスクリット語 | ラテン語 | ロシア語 | 古典ギリシャ語 | 現代ギリシャ語 |
---|---|---|---|---|---|---|
主語 | 主格 | 主格 | 主格(呼格) | 主格 | 主格 | 主格 |
呼びかけ | 呼格 | 呼格 | 呼格 | 呼格 | ||
直接目的語 | 対格 | 対格 | 対格 | 対格 | 対格 | 対格 |
連体修飾語 | 属格 | 属格 | 属格 | 生格 | 属格 | 属格 |
起点 | 奪格 | 奪格 | 奪格(地格) | |||
道具 | 具格 | 具格 | 造格 | 与格 | ||
場所 | 処格 | 処格 | 前置格 | |||
間接目的語 | 与格 | 与格 | 与格 | 与格 |
属格と生格,処格と地格,具格と造格は日本語訳が異なるだけで,基本的には同じものです。教科書により訳語が異なる場合もあります。
ロシア語では前置格という名称だけど,前置格単独では使われず,必ず前置詞を伴うのね。
勘違いしてほしくないのですが,ロシア語の前置詞は前置格だけでなく対格,生格,与格,造格を伴うものもあります。
どの前置詞がどの格を伴うかは,確実に覚えないといけないのですね。
ちなみにロシア語の一部の名詞には「第2生格」「第2前置格」と呼ばれる別形があります。第2生格には様々な用法がありますが,奪格的用法もあります。
印欧祖語の奪格が,ロシア語では生格に吸収されていて,第2生格は奪格の名残りでもあるのね。
第2前置格はвまたはнаを伴って場所を表すので別名「処格」とも言います。
場所を表さないвやнаは,普通の前置格を伴うのよね。
ロシア語は入門段階では格変化を覚えるのが厄介ですが,覚えてしまえば解読が読解になり,とても気持ちいいですよ。
がんばります。
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