単語 | 인사 |
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漢字 | 人事 |
ローマ字表記 | in sa |
発音カナ | インサ |
日本語訳 | 挨拶 |
私は高校入学後,独学で韓国語の勉強をはじめました。高校3年生になると,韓国語で日記を書いていました。
どんなことを書いていたの?
思春期男子の妄想です。韓国語には日本語と同じ漢字語が多いので,抽象的な内容でも漢字の知識を駆使すれば書けるのですね。思春期の終了とともに日記は焼却処分しました。
もし当時ブログやSNSが存在していたら,アルドさんは調子に乗って恥ずかしい文章を世界中に公開していたことでしょう。
確か最後のページには,受験生だからなのか,こう書いたと記憶しています。
인사를 다하고 천명을 기다린다
(人事を尽くして天命を待つ)
「人事」とは「人ができること」の意味で,この慣用句は日韓で全く同じ意味になります。
他にも「人事異動」という熟語で使われます。
その場合の「人事」も,日本語と同じ意味になります。
ところで,韓国語の辞書で人事を引くと挨拶の意味が載ってるわね。
人事には「人間関係」の意味もありますが,日本語では挨拶の意味で使うことはありませんね。
漢字辞典を引くと,挨という字は「おす」「ひらく」の意味で,拶という字は「せまる」という意味ね。
挨拶とは「一挨一拶」という禅宗の用語が縮まったものとされています。禅問答を投げかけ,相手の反応を見ることで,相手の悟りの深さを測ることを意味しました。
言葉を投げかけ,心を開いて相手に向き合うことから,現在の「あいさつ」になったのね。「人間関係」のほうの人事も,もしかしたら似たような経緯で「あいさつ」になったかもしれないわね。
聖徳太子が「日出る処の天子,書を,日没する処の天子に致す。恙無きや」という挨拶文を,隋の皇帝に持っていったら怒られました。まさに人間関係です。
よく知っていますね。このお話は,天子(皇帝)という言葉が隋の逆鱗に触れたのですね。
文化が違うと,人間関係も挨拶も大変ね。
そうですね。日本でも,平安時代の貴族社会では和歌が挨拶代わりでした。和歌が詠めなければ仕事も恋愛もできない時代でした。和歌が得意な使用人が代わりに詠むこともあったようです。例えば,平安貴族がこんなセリフを言ったらどう思いますか?
おねーちゃん。今夜俺とお楽しみしようぜ。
興醒めだあ。現代人のナンパでもありえない。
教養のある平安貴族の男性は,例えばこのような和歌を贈ってナンパをしたのです。
むつごとを語りあはせむ人もがな憂き世の夢もなかばさむやと
もちろん,相手側も「ありがとう」で済ますことはなく,例えばこのような和歌で返すのです。
見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるる我が身ともがな
女性にも和歌の教養は必要だったのね。古代日本にもジェンダー平等の側面があったのね。
日本では挨拶という言葉が,韓国では人事という言葉が日常に溶け込み,簡単な言葉で人間関係を築くことができるようになりました。便利な世の中になったものですね。
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